MEGANE
YOKOTA


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毎週木曜、水曜不定
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今月の休業日です。

店長のブログ
独り言 パート2(講師編)

 

1.はじめに

2000年より眼鏡教育者としてデビューしました。まだ数年ではありますが、この短い期間に、私自身、物凄い心境の変化がありました。辛い時もあり、楽しい時もあり、様々な事が思い出されます。大変な時は、友人や先生方に助けられ、今、こうして執筆していられるのも、決して自分1人の力ではありません。それは十分解っています。そんな気持ちを「独り言 パート2」では綴ってみたいと思います。

2.きっかけ

それは、1999年秋ごろの話です。いつもと変わらぬ仕事をし、いつもと変わらぬフィッティングをしていると、いつも疑問が湧いてきます。「自分の技量はどんなもんだろうか?もっと上手な人はいるのだろうか?」と・・・・・卸業やメーカーの担当などに、そのことを聞いてみると、ほとんどの担当が、フィッティングの上手なお店はあまり見当たらず、社長ぐらい丁寧にキチンと合わせているお店はすごく少ないでしょう・・・との事。 その中でも、当店によく出入りしている、卸業のセブンオプト川口の担当・竹内氏は、私が自店でアルバイトを始めた頃(25年以上前)からの付き合いで、いつも率直に意見を言ってくれます。彼と意見交換しながら、何となく、ホントに何となぁ〜くなんですが、彼から、当社で勉強会をしたいと前々から思っていたのだけれど、社長が講師になって、当社のお得意にフィッティングを教えてもらえないだろうか・・・・得意先にフィッティングを上手になってもらい、お客さんの心を掴んでもらいたい・・・・そんな話が出ました。 それじゃ、やってみよう。自分の腕を試したいし、他店の技術がどんなものか、実際体験してみたい。

3.第1回セブンオプトセミナー

話はとんとん拍子に進み、2000年4月講師としてデビューでしました。 セミナーのタイトルは「量販店に負けてはいけない」とし、埼玉県の川口産業会館の会議室で行われました。受講者は25名程度。ギターの講師は、数多くやってきましたが、眼鏡の講師はもちろん始めてだったものですから、始まるまではすごい緊張の連続でした。緊張の原因は簡単です。「自分より上手い人がいたらどうしよう」です。これって、しょうもない言葉に聞こえますが、怖いんです。フィッティングの先生という事で、セミナーを行ったのはよいけれども、先生よりも生徒が上手くては情けない・・・・「神様、どうか私よりも上手い受講生がいませんように・・・」と祈っていました。 最初の挨拶などは、手の震えが止まらず、しかも、話も得意な方ではないので、原稿の棒読みが精一杯、それから講義に入っていきました。まずは、1時間ほど苦手な話をしてから、お昼休みを挟んで夕方まで実習で、長丁場なのに、ペース配分も解らず。最初から全開に飛ばしていきました。なもんで、終演ごろには、もうヘトヘト・・・ひどいものだったと思います。それでも、なんとか初めての講師を務め、自分の何かが変わっていくのを感じました。

4.評判

セミナーが終わり、参加された人はどう思ったか心配の毎日でした。数日おきにセブンオプト川口に電話をし、感想などを聞いていました。自分ではどうだったか解らなかったのです。それで、返ってくる返事は、思ったより評判良く、主催のセブンオプト川口からも、このセミナーはシリーズにして年に1・2回行いたいので、今後はそのつもりでお願いします。との事。これは、嬉しかったですね。講師を務めること自体、私程度の技術で良いかどうかわかりませんし、業界の先生と呼ばれる方々を見回すと、とても同レベルとは思えぬほど私は未熟だったのです。 それでも、自分を買ってくれる人がいるならば、それに応えなくてはいけません。小手先の技術はさておいて、学術的な勉強もさらにしなくっちゃ・・・・。だって、受講者からどんな質問がくるかわかりませんもの・・・・

5.恒例に

それから半年後に「第2回 セブンオプトセミナー 量販店に負けてはいけない」が同会場にて行われました。(2003年秋現在で6回行っています)受講人数は前回と変わらず25名程度。その時は、2回目でしたので、前回よりはグッとリラックスでき、講習内容も濃かったことと思います。しかも、前回参加していただいた方も数名いらっしゃり、これまたウ・レ・シ・イ!使用したテキストは、今から思えばホントに簡単な20ページぐらいのもので、その時のテキスト名がセミナータイトル同様「量販店に負けてはいけない」だったものですから、それ以後の私のフィッティングテキスト名は「量販店に負けてはいけない」とし、現在に至ります。

6.日本眼鏡技術研究会勉強会

セブンオプトセミナーを2年間行っていますと、業界紙などに載る機会がふえてきます。またそれと同時に、意欲的に勉強し始めたわけですが、その勉強真っ盛りの時に、日本眼鏡技術研究会(以下、日眼研)に入会し、苦学?を共にする友人や先輩と出会い、勉強に拍車をかけました。そんな時、世話人代表の岡本先生より、日眼研でも横田さんの技術を披露してもらいたい、と言葉を頂き、勉強会の講師を引き受けました。 日眼研のモットーは「1人の体験を、皆の経験に・・・」です。研究発表の場にはうってつけで、いままでの勉強の成果を皆に披露し、自分の腕を確かめられます。日眼研はセブンオプトセミナーとは違い、さらに熱心な人たちの集まりです。私も熱心に勉強はしていましたが、まだまだ大した知識も知恵も無く、教わることばかりでしたから、そんな中、複雑な思いで講師を受けました。

7.不安な思い

講師を引き受けたのは良いのですが、この頃の私は、まだ講演があるたびに、相変わらず「自分より上手い人がいたらどうしよう・・・・」こればかり考えていました。結局、批評されるのが嫌だったのです。情けないですね・・・・・。これじゃ進歩は望めない。でも上手くなりたい・・・・。大いなる矛盾です。 このハードルを越えなくては先は無い、考え方を変えるんだ!と自分に言い聞かせ、経験によっていくらか場慣れしてきたとはいえ、やはり講演中はいつも一杯一杯で、「頭に血が昇る」如く、息継ぎ無しの一方的な講義。そんなお仕着せがましい講義になってしまうのは解っていましたが、どうする事もできません。今はただ、一生懸命やるだけ・・・・。 それでも終ってみれば、なんとか良い評価を得られたようで、翌年は大阪会場、さらに次の年は名古屋会場で講演しました。 当店のお客さんには、「いついつは大阪で講師をして来ます・・・」とか「名古屋で講師を務めてきます・・・」なんて、全国出張している「売れっ子」の講師みたいで、カッコ良かったですね。

8.シャルマン

2003年になりまして、セブンオプトセミナー、日眼研勉強会講師などの実績を認められ、国内最大手眼鏡総合メーカー「シャルマン」にて、フレーム作りとメーカーが最低限知っておくべきフィッティングの知識の講演を、福井のシャルマン本社と東京原宿の東京営業所にて行いました。眼鏡業界の不思議ですが、フレームメーカーのほとんど(全てと言っても過言ではありません)は、フィッティング(力学的要素)を考慮してフレーム作りをしていません。出上がったフレームの見た目の良さで優劣を感じているようです。(つまり、そのデザインで売れるかどうかです)これはまずい!ちょっと違う!メガネは顔に掛けてナンボのものです。力学的に、光学的に満足がいくものでなければ、どんな美しいデザインでも、それはデザインとは言わないでしょう。シャルマンは、いち早くそれに興味を持ったメーカーの様です。小売店から見たフレーム作りをしなければ、本当の意味で良い物は作れないでしょう。

 9.調整できないフレームは雑貨品だ!

さて、講演スタートです。今回は小売店対象ではありません、多くの受講者が商品企画の方やデザイナー達ばかりです。ですので、小手先の技術を伝えると言うより、各部の調整方法を解説し、そうするにはどの様な考えでフレーム作りをすべきか?を混ぜてお話していきます。
「調整できないフレームは雑貨品だ!」と、過激なお話しもしましたが、これが私の信条です。
メーカーならば、自社の作ったフレームをエンドユーザーに、「具合よく掛けていただく物作り」をする事が使命だと思うのです。調整出来ないフレームでは、それが不可能だからです。また、新作、新作と称して、売れなくなったら、ハイおしまい!まるで使い捨ての様に、「売る」事だけしか目的の無いフレーム。そうじゃなくて、もっと、自社で作った商品を愛して欲しい!その点を、熱く語ってしまいました。
また、講演中には、この大会社の常務まで一緒にヤットコ持って参加していただき、少し嬉しい思いをしながら、遠路福井まで行っても満足できる講演になりました。また、翌々月は東京営業所にて、同内容の講演をおこないました。シャルマンには今後に期待したいと思います。

10.東京眼鏡専門学校(旧・東京オプトメトリックカレッジ)

2003年秋は大忙しでした。フィッティングの講師になって、主に小売店対象に講義を行っていますと、現職の人たちがどれぐらいの腕を持っているか?は、だんだん解ってきましたが、学校が気になりました。良い意味でも、悪い意味でも、一体どんな教育をしているのだろうか・・・と。自分は眼鏡学校を数ヶ月しか通っておらず、しかも20年以上も前の事ですから、今の学校の姿は、想像でしかありません。
幸いな事に、東京眼鏡専門学校には日眼研会員の先生がいらっしゃいまして、連絡をしてみました。私の事は、同じ日眼研仲間ということもあり、ご存知でしたが、私はこの会に入ってまだ2年。どんな人なのだろうかと思い巡らせながら、学校を訪ねました。そこでは、いつもの熱い口調で今までのセミナーのいきさつなどを聞いていただき、出来ることなら、この学校の力になりたい・・・と、お話しました。

11.授業スタート

そんな話から数ヶ月後に、学校から返事がきまして、ゲスト(非常勤)講師が決まりました。
まずは10月に3年生(各クラス1回)、翌年1月に2年生(各クラス2回)の授業を受け持ちます。対象はもちろん学生ですので、社会人と同じ内容では上手くいかないのは解っています。社会人なら、メガネを売って、その代金を頂き、報酬を得る。と言う図式がありますが、それで生活していない学生は、それは理解出来ないだろうな・・・
さて授業のスタートです。時間になりまして、あたりを見回しますと、ほとんどが20代前半の若々しいフレッシュな人たちばかりです。さてさてやる気はどんなものか?楽しみです。まあ学術的なことは、常勤の先生に習っているだろうから、私の授業は手先の技術を習得してもらうよう、授業を進めていこう。
そこで一番感じたことは、やはり自分は「先生」なんですね。当たり前ですが。すごい実感です。先生は間違ったこと教えてはいけません。先生が「これはこうです。」と言えば、そうなってしまうんです。相手が初学者が故に、結構緊張しました。
学生の授業態度は、マチマチでした。熱心に授業を聞く生徒もいるし、それなりの生徒もいました。これは、どこの世界も同じですね・・・・・。しょうがないか・・・・。

12.前向きな生徒

3年生の学校での講義が終わってから、2日後にN君と言う生徒からメールアドレスも教えてないのに、突然メールが来ました。そうか、ホームページ経由だな・・・と思いながら、メールを見ると
《先日はフィッティングの講義、ありがとうございました。みんな、もっと受けたいと騒いでいます。つきましては、お店にお伺いさせていただきたいのですが、来週の火曜日はご都合いかがでしょうか?》 (全文引用)
この様な内容のものでした。
いきなり、こんなぶっきらぼうな文章は失礼なやつだな・・・とは思いながら、内心ニッコリしまして、先日の私の講義でも、何か感じ取ってくれた生徒がいんだな・・・と。
学生達と接した全体の感じでは、授業の一環ですから、やる気があろうとなかろうと、出席すれば良いわけで、私たちの様にお店の売り上げは関係ありません。学生に期待してもしょうがないか・・・と、思っていたところ、もう少し勉強したいとは、なんと前向きなことでしょうか。素晴らしい。そして、火曜になり閉店間際に、同じ学校の夜間部の生徒と来店しまして、学校の授業のこと、学校の体制のこと、彼自信のことなど・・・いろいろと熱く語り合いました。

13.憧れの人

彼の話の中に、「この業界って、憧れの人なんていないんです。学校の先生達だってスーツ着たおじさんだし・・・。この人みたいになりたいなぁ〜とか、そんな存在の人がいたら、もっと良くなるんじゃないですか?先生、是非メジャーになってください・・・・」なんて話も聞きまして、たしかに、そうだなぁ〜と・・・。
それからもう1人の友人をモデルにお願いして、マンツーマンでフィッティングの実技講習をしました。やはり先日の講義では時間不足だったせいもあって、まだまだヤットコの握り方もおぼつきません。「これはこう、こっちにやって・・・・」と、フレーム1本合わせるのに、30分以上時間を掛けながら、丁寧に見ていきました。気が付けば、もう夜10時。夕方6時ごろの来店で、もうすでに4時間もたってしましたが、まだまだ話は尽きません。
また今度、いつでも歓迎するよ・・と伝え、帰って行きました。

14.IOFT2003

さらに10月は、もう一つ、私の今後の講師人生を左右するであろうと思われる一大イベントがありました。IOFT2003です。
それは、8月のある夜の出来事でした・・・・(怪談みたいな話し方ですね)
その時電話が鳴りまして、着信番号の出る電話機だったものですから、番号の頭が03から始まっているので、「あぁ、また何処かの金貸しからだろう」ぐらいに思いながら、受話器をとってみると、「IOFT事務局の○○と申します。横田先生はいらっしゃいますでしょうか?」との事。何の用事かと思い、尋ねてみると、今年のIOFTセミナーで講演をお願いしたいのですが、いかがでしょうか?と、言われまして、内心「いたずら電話かもしれない、フィッティングは辻先生がいらっしゃるので私の出番は先生が引退された時」(先生、勝手に思ってすみません)と思っていました。(内心、将来はそれを目標に教授活動しようと思っていたのです。)それにしてもそんな電話がいきなりだったものですから、驚いてしまって、その時は、曖昧な返事をしておいて、出来そうならば協力いたしますが、今は決められません。後日また連絡下さい。と言ったのを憶えています。いたずら電話だったら、マトモに返事をしたらカッコ悪いでしょ。

15.大いなるプレッシャー

家に帰ってから、よくよく考えますと、どうもまだ信じられず心が揺れています。女房に話してみたものの、心が落ち着きません。本当ならすごい!こりゃ楽しみだ!何か心がウキウキしてしまって、まだ随分先の話なのにドキドキ・・・・しかし同時に不安がよぎります。うれしい分だけ不安が募るのです。寝る時間になって、布団に入ってもドキドキは収まらず、とうとうその夜の夢は、前髪を垂らした浮浪者風の男が、ナイフを手に持ち、私の横腹めがけて「ズブッ!」と刺された夢をみてしまいました。気が小さいと、こんなもんです。あぁー恥ずかしい。(でも夢で良かった)
そんなもんで、不安が大きかったものですから、この事があってから直ぐに友人に連絡し、この動悸を抑えるために、本番中は不安を少しでも無くすように、一番前の席に座っていてくれないだろうか・・・・・と相談しました。(予期せぬトラブルでもあったら、対処のしようが無いかもしれないので)結果3名の友人が協力してくれることを約束してくれました。(少し安心)

16.正式な依頼

それから、数日後に正式な講師依頼確認の電話がありまして、もちろん引き受けることにしました。セミナーで一番心配なのが、受講人数です。事務局に聞いてみると70〜80名ぐらいが予想されるとの事。今までのセミナーで、こんな大人数だったことはありませんから、どうして良いか解りません。いろいろと考えました。ただの話し(解説)だけだと、聞いてる方は退屈だし、モデルを使って実演(お手本)を見せるだけでも、イマイチ。さてどうしたものか・・・・。いろいろ悩んだ末、出た答えは「ライブ」でした。タイムテーブルは、最初はテキストを使いフィッティングの基礎の解説、それから実演(お手本)、それで30分は掛かるだろうから、質疑の時間に余裕を持って50分程度ライブをやることにしました。

17.いよいよ本番

さて、本番の日になり、朝起きてからずっと動揺してしまい、家にいても間が持たず、とりあえず電車に乗って会場へ行きまして、家を出たのが予定よりずっと早い時間だったものですから、事務局との待ち合わせ時間より2時間以上早く会場に着いてしまいました。なんかカッコ悪かったです。(早く着いてもやることないもんね。廊下をウロウロしてました)
開演40分前の最終的な打ち合わせの時間になりまして、会場のセッティングや機材の手配、人数確認、その時は何と114名も受講者がいることを聞き、驚きました。
そしていよいよ会場入り。服装はお決まりの黒のマオカラーのスーツにドレスシャツです。受講人数を聞かされていたとはいえ、すごい人です。ひぇぇぇぇぇェェェェーーーー!!
先にお話した友人の協力があったに関わらず、あまりの受講人数の多さに、ますます舞い上がってしまい、それからのテキスト解説は、何を話したか憶えていません。その頃の私はすでに講演では原稿を書いたり読んだりしませんでしたので、余計に憶えていないのです。で、たぶん無事に話し終えました。

18.ライブ

そしていよいよライブの時間になりまして、希望者のメガネを次々合わせていきました。その時はモデルの条件として「もし、調整中に壊れることがあっても、怒らない人」でした。(会場笑い)人数は8名ぐらい合わせた様な気がします。この時は、掛けているフレームを壊さないように調整しなければなりませんので、それが大変でした。調整のとてもやり難い(出来ない)フレームがあったり、ツーポイントなどもあったりして、ライブは難儀でした。(あまりにも調整出来ないフレームなので、お断りした人もいました)いずれにしても、こんな時にフレーム壊してしまうと、カッコ悪すぎます。それだけは避けたい・・・ですね。
そんな思いをしながら、時間はあっという間に経過していきました。最後に質疑応答の時間を作っておいたのですが、その時間も取れないぐらいに調整希望者が多かったです。ホント大変でした。壊さなくってよかった、よかった!

19.キクチ眼鏡専門学校

講師になって、気が付いたのですが、情けない話、私は眼鏡関係の資格らしい資格をもっていません。持っているとしたら(社)日本眼鏡技術者協会のAAA級(2004年現在)ぐらいです。これはまあ、生涯教育に出席すれば取れる資格です。
それで、講演活動をしていると、セミナーの案内書きに「プロフィール」を書く欄があることが多いのですが、私の場合「眼鏡学校中退」としか書けません。(しかも最終学歴が高卒)そんなもので、せめて「○○眼鏡学校卒」とか「○○大学○○学部卒」とか、書きたいものです。で、何を思いついたかと言いますと、JOAオプトメトリストの資格を取れたらカッコイイ!と思いました。動機が不純でしょ。それで早速資料を取り寄せて検討したところ、JOAオプトメトリストは、名古屋のキクチ眼鏡専門学校でしか取れませんので、全日制は無理と判断。通信課程にて資格取得に向けて勉強し始めました。

20.また中退

勢い込んで、1年分の学費を払い、資格取得に燃えに燃えていたのは良いのですが、動機が不純なものですから、結果は見えています。お店で仕事をし、セミナー講師をこなし、本来はもうそれで一杯一杯だったのです。通信課程は毎月のレポート5教科に加え、年に数日ではありますが、名古屋までのスクーリング。これは大変でした。甘く見ていた私がいけないのですが、とてもこなせません。何とか資格だけは・・・との思いは、なんと1年生の前期で終ってしまいました。手に入れたものは、眼鏡学校中退の肩書きが2つに増えたこと・・・でした。(笑ってやって下さい)

21.WOF2004

2004年になり、最初のセミナーはWOFです。昨年IOFTの大舞台を経験しましたので、今回の気分は楽なもの。しかも主催が東京眼鏡卸協同組合ですので、顔見知りの当店取引先も結構いらっしゃいます。そんなことで、さらにさらに気分は楽になりました。打ち合わせは世話人の伊藤幹(卸業)さんが引き受けてくれまして、何不便なく用意進行していきました。
ただ、そうなりますと、プレッシャーが無い分、セミナー中に何か楽しいことが出来ないだろうか?と欲が出ます。今まで通りの進行でも良いけれど、2回3回と受けている人は飽きるんじゃないかな?なんて思ったのです。それで、私はクラシックギター弾きでしたから、講演前と後に1曲づつギターを弾いてみよう・・・ってことになりました。(我ながらすごい発想!)もちろん主催者がNOでしたらダメですが、世話役が伊藤幹さんですので、ダメといわれても、なんとか押してしまえばOKしてくれるだろう・・なんて「とらぬ狸の皮算用」の如く、打診したところ、快く了承していただきまして実行することにしました。そうなると、ギター演奏にはもちろん正装で望みたいのが音楽家の常。眼鏡セミナーだけれど、やっぱりここはタキシードでカッコ良く決めて、皆を驚かしてやろう!

22.ギターの調べ

前日まで、風邪ひいて寝込んでいたのですが、講義が始まってしまえば、スイッチオン!で、体調の悪さは、どこかに吹っ飛んでしまいました。さてスタートです。お約束のタキシードに身を包み、ギター片手にさっそうと登場!これはカッコイイ!「孫にも衣装」というのは、まさにこの事だと思いました。(会場の皆は驚いただろうな・・・)
で、まずは、Fターレガ作曲「アランブラの思い出」を弾きまして、美しいギターのトレモロの調べに来場者はうっとり・・・・と、なるはずでしたが、マイクの調子が悪く、後ろの人には聞こえていないようです、しかも突然「ギター」ですから、聴く方も、心の準備が出来ていない様子。来場していた人には、ギターを弾いている時は、音楽にかなり集中している様に見えたと思いますが、実は頭の中は、色々なことを考えていました。今日は何人来てるのか・・・とか、このギター企画はうけているかな?とか・・・と、ホントに集中しているときは、頭の中は音楽の事しかないのですが、この時は、邪念が頭の中をグルグルしてしまい、集中しきれていませんでした。そんなこともあって、ギターの企画は、ちょっとイマイチでした。残念!
それで、ここだけの、お恥ずかしい話なんですが、この時の私の考えは、今後の私の講演スタイルはギター演奏を定着させて、講演する時には、必ずギターを聞かせる・・・(横田流=講演+ギター演奏)なんて思っていたのです。

23.さて講義スタート

講演時間は1時間30分と限られていながら、セミナーでギターを弾くという暴挙に出てしまって、ただでさえ時間が限られているのに、講演時間は刻々と過ぎていきます。大急ぎでテキスト解説、モデルを使った実演、そしてIOFTと同じく、来場者から希望を募って現在掛けているメガネを合わせていきました。IOFTの反省材料に、会場設営で椅子を馬蹄形にして、Uの字の中に私とフィッティングされる人が入って、行っていたのですが、それだと、かぶりつきの人は動かず、後ろの人はずっと後ろで、ビデオのモニターでしか見られず、不満がありました。それで、今回は馬蹄形でなはくWの様な形にすれば、Uの字が2つあるのと同じ事でして、Wの凹んだスペース2箇所にフィッティングコーナーを設けて、1人ずつ左右に移動しながら、フィッティング希望者の眼鏡を合わせていきました。隙間2箇所を、いちいち動くので、私とビデオ係りのスタッフは大変でしたが、来場者はかぶりつきコーナーが2箇所になり、見やすくなった事と思います。この時は10名ぐらい合わせたような気がします。
そして、最後はやはりギター演奏。曲は皆が知っているスペイン民謡「禁じられた遊び」を弾きまして、幕を閉じました。

24.Face Wear Collection 291

5月は(株)サンオプチカルなどの数社共同主催の展示会&セミナー「Face Wear Collection 291」にて講演を行ってきました。場所は東京南青山。地下鉄の表参道駅を下車すると、もうそこはアオヤマーって感じの土地で、家から車から、猫まで(ちょっと大げさかな?)すごいオシャレです。会場までの景色を楽しみながら、てくてく7〜8分歩いていきました。会場に着くと、世話役のこれまた伊藤幹さんのリードで、つぎつぎ準備していってくれます。いやぁ〜ありがたいですね。(櫻井君ありがとう)
受講人数は最初から20名限定と決めていたので、(共同主催者が受講者人数を割り振りしたそうです)今までのノウハウを生かし、どうすれば効率が良いか?を考え、1テーブル4人とし、各テーブルに必要とする工具を最低1セット置きます。それにて講義していけば、今までよりずっと解り易いはず。今までの講演スタイルは、私の余分に持っている工具を、適当にテーブルごとに振り分けていたのですが、品番によって多かったり少なかったりで、イマイチでした。それで、今回は9本のヤットコを使ったセミナーですので、9×5テーブルの45本を受講者に使います。(さらに講師用9本プラス)、ですので今回は足りないヤットコを買い足して・・・(そう10万円以上掛かりました)セミナーを進行していきました。

25.9本のヤットコを使ったセミナー

と言うことで、9本と決めて各テーブルに9本のヤットコを置き、受講者もボチボチ持ってきていますので、本数に余裕があり、これはやりやすい!今までもそうでしたが、「何番、何番のヤットコは必須です。お持ち下さい・・・」と案内状に書いても、持って来てくれる人は2〜3割ぐらいです。後の人はせいぜい2〜3本ってところですね。まあ、お店が営業していて、そこのお店の社員だと、自分専用のヤットコは持っている人は少ないでしょうから、しかたありませんが・・・・。
セミナー自体はいつもの様に講義、実演、それから2人1組になり実習と、お決まりのスタイルで進め、講演の際は、人数が少なかったのでOHPやパソコン&プロジェクターなどは使用せず、解説などは、もっぱらホワイトボードに書いていきました。このときはボード用のマジックの出が悪くって、参りました・・・・ボードに書くたびに、笑われてしまいました。(次からは自分用に持参しようと思いました)

26.エンパイア・メガネグループ・ゼミナール

エンパイア眼鏡(卸業)はエンパイア・メガネグループ・ゼミナールと題して、だいぶ以前からフィッティングのみならず、眼鏡教育全般に力を入れてきた会社です。このゼミナールは全国規模で行われておりますが、受講条件がエンパイアメガネグループの会員のみですので、あまり一般的には知られていないかもしれません。で、当店も二十数年前よりグループの会員店でして、今までも何度かゼミナールに参加しておりました。そんな付き合いもありまして、新米講師ではありますが、2004年は講師採用ということになり、東京会場、大阪会場(同プログラム)にて講演してきました。
まずは、東京会場が6月8日です。(大阪会場は17日)午後3時15分から1時間30分の講演・実習を行い、その後は1時間程度、眼鏡プロフェッショナルサポーターの田口先生と一緒に受講者とディスカッションをしました。この時期になると、手先の実習はもう随分と慣れまして、特に問題なければ、受講者にはある程度満足していただけるようにはなってきたのですが、ディスカッションは数少ない経験です。慣れないながらも、今回のセミナーの感想や、いろいろな質問などに答えていきました。

27.ディスカッション

その質問の中に面白い話がありました。「あのような(外観)にして、商売は大丈夫ですか?」との事です。これには参りました。受講者から商売の心配をして頂くとは予想していなかったので、言葉が出なかったです。逆に笑ってしまいました。
今から数年前に、マイスターの久利先生から「技術にお客はついてくる」という言葉を頂き、それを信じて、それを実行しているつもりです。お店の外観がどうであれ、お客さんに求められる眼鏡店であれば、来てくれます。当店の営業時間は午前10時より夜は6時に閉店、定休日は毎週木曜日に加えて、第2、4、5、は水曜日もお休みです。ほぼ隔週2日制ですね。このご時世に信じられないでしょう。それでも大丈夫です。1人1人のお客さんから「あんたじゃなきゃダメだ!」と言われる仕事をすれば、また来てくれます。・・・・なんて話をしました。

28.成長

それと、ゼミナールの日には、午前中にフィッターコンクールがありました。(これは他の先生が担当)フィッターコンクールには、初級・中級・上級とあるのですが、今回のゼミナールでは初級と中級の審査がありました。私は部外者でしたので、そちらは他の先生が受け持ちまして、見学しておりました。それで、中級の審査の中に筆記試験があり、興味があったものですから、エンパイアの担当者に、どんな問題が出題されているのか聞いたところ、テスト用紙を見せていただき、自分でも考えてみました。
そこで驚いたこと、すらすらと皆解けるのです。100点とまではいかないものの、それに近い点数が取れました。(講師やってるぐらいだから、当たり前ですが・・・)ただ、思い起こせば数年前の自分ならば、もしかしたら50点ぐらいしか取れなかったかもしれません。「あぁ、自分は成長していてよかったなぁ〜」なんて、しみじみ思いました。

29.さらなる飛躍

眼鏡教育者になって5年になり、これからその道は何処まで伸びるかわかりません。
「自らを曝け出すことしか、自分を高めることはできない」事に気がつきました。私のギターの師匠は、演奏後にはよく「もっとストリプしなさい・・・」と、言われます。本当のストリップは、外見だけ裸になるわけですが、ここではそうではなく、内面のストリップのことです。何を思い、何を考え、自分らしい、自分の演奏をしなさい・・・と、隠していてはダメ、それでは伸びない・・・・・最初の頃は、何を言われているのか解りませんでしたが、今、ようやく、本当の意味が解りました。 

30.

あなたの夢は何ですか?
私の夢はメガネ屋をやめることです。
生まれて、最初の25年は自分だけのために生きてきました。
それからの40年は、家族や親や他人のために生きます。
残りの人生は、また自分だけのために生きたいと思います。
私はギターリストになりたかった。演奏家がダメでも、音楽に関係する職業に就きたかった。老舗の3代目で生まれて、眼鏡屋になるのがいやでいやで、眼鏡学校中退、それから音楽学校へ通ったり、3度も家出して、随分と親不孝しながら、それでも運命と思い、最後はそれに逆らえなかった・・・・。
でも、心のどこかに、まだ諦めきれないものが残っているのです。
もう、この歳ですから、演奏家は無理です。でも音楽に触れていたい。
あと20数年後には、人生最後の夢「音楽」に浸かって生きたいと思います。
65歳になったら、北海道の北見で、女房と2人で音楽サロンを経営しながら余生を送るつもりです。
必ずや、この夢が果せますよう。お暇な人がいらっしゃいましたら、応援してください。

 「独り言」は数年にかけて書かれています。日付の前後はご容赦下さい。
内容につきましてはあくまで私見です。誤解の無いようにお願いします。

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